2016年5月7日土曜日

今までの受動型講義は果たして間違っていたのか?

みなさん、こんにちは。
とても穏やかな週末ですね。
お天道様にも恵まれ、行楽日和、如何お過ごしでしょうか。

お陰様で小生のブログに向けて貴重なご感想をいただき、
皆様のご関心が高いんだなということを感じることができております。
心より感謝いたします!

急速にアクティブラーニングのキーワードが普及しだしたのも
一昨年の前文部科学省の下村大臣が教育現場の抜本的改革の目玉として
打ち出してからなのですが、
現場の先生方の中でも、実は当たり前にこの取り組みをしていて、
ようやく時代が追いついてきたと感じている方も少なくはないのでしょうか。

日本は音楽にせよ、動物にせよ、
ブームや流行にとても敏感なので、
アクティブラーニングも単にブームで終わらないよう、
持続的に意義あるものとして発展させていきたいなと思う次第であります。

アクティブラーニングが肯定的に考えられると、
今までの受動的な講義は間違っていたのか?
という問いに問い沙汰されます。

みなさんはどう思われますか?

例えば、社会や経済など時代の流れによって相場や市場が変わるように
教育も変容が当たり前であり、
今までの教育のあり方は20世紀型の「成長社会」にはとても合っていたと
思っております。

世の中科」の藤原さんの言葉を借りると
1998年で成長社会から成熟社会へと変化をしたとのこと。
山一証券や北海道拓殖銀行の破綻、GOOGLEの起業などの節目から
時代がソーシャルに横並びの関係を重視する発想に広がっていきました。

そのような社会変化のもと、みんなが一緒の正解を求める正解主義から
個々人それぞれが自分の納得解を模索していく修正主義へと変わったとのこと。

情報やマーケットも一方方向からソーシャルに変わり、
双方向のコミュニケーションが基本となる社会へと変貌をしていったわけです。

ともあれば、教育の世界もそれだけ大きな変化を遂げることは必然で、
情報を処理する能力から情報を如何に個々人が編集してアウトプットできるかが
求められてきている時代になったというわけです。

インターネットやスマートフォンの普及も短いこの10年くらいの間に急速に発達し、
社会環境も見方、視点、コミュニケーションも大きな変化を遂げたと思います。

そんな中、教育現場というのは、なかなか変化をしない業界だと
自身の体験からよく分かっております。

受動型が流行っていないから能動的に全て変えることがいいかと思えば、
小生はそうではないと感じております。

今までのあり方の中にも気づきや学びや沢山あるもので、
きっと受動型と能動型のメリハリが大切なんだと感じております。

例えば、能動型が不得手な教師の方は、受動型が得意な方と組み合わせをしながら、
しっかりと教えるあり方の良さを伝えていく。

柔軟性に富んでいる方は、受動型と能動型をうまく組み合わせながら講義をしてみる。

アクティブラーニング型の授業の中にも、きっと教える側が
これはしっかり教えたいという伝えるプログラムは適宜含まれているはずで
全てがディスカッションやワークだけで完結しているわけではないと思っております。

第3回のアクティブラーニングフォーラムでもお伝えしましたが、
「キドマ」の法則がここにも結びついてまいります。


教える側が教えるスキルをとことん磨いていくことが、
受講生の方々にとっても生きた学びになり、
自発的な学習意欲へと結びついていくと思っております。

目を向けるのは、実は学生たちではなく、
教える側の教えるあり方なんだろうなと思っております。


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