2七角成らずの将棋にみる人間とロボットの共生

昨日のNHKスペシャル「天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」が
SNS上で大変話題になっておりますね。
残念ながら、小生はテレビがない生活なので、
次回水曜の再放送をどこかで録画したいと思っております。


小生の鋭意制作準備中の次回作「あまのがわ」も
分身ロボット・OriHimeをテーマにした作品です。
テクノロジーが急速に発達していく中で、
人間ではできないロボットならではの役割があることを
いろいろな場面で感じております。

将棋や碁の世界でも、ロボットと人間、どちらが優秀かを争う場面が
度々話題に上がります。

その中でも、ロボットならではの面白い小局がいくつかありますが、
2015年の第2局なんかは、とても象徴的だと思っております。

対戦の終盤、AIロボット「Selene」が追い込まれた局面で、
永瀬六段は、相手の陣営に駒を進めて、
100%成るはずの馬(角の進化版)の駒をあえて、
弱いままの角の駒にしたままにしたのです。

人間との対局では100%ありえない手筋で、
あえて、このような手を打ったのがまさに人間の叡知を振り絞ったと言える手で
解析できないプログラムの手筋にSeleneの思考はストップしてしまい、
AIが負けてしまったという例があります。

逆に、かの有名な車椅子の物理学者・ホーキング博士は、
AIが人類を滅ぼすという内容の警鐘を促しているくらいで、
これからの世界、自分たちで生み出してしまったもので、
自分たちが滅ぼされる時代が本当にくるかもしれません。

小生が思うことは、先の将棋の理論ではありませんが、
ロボットはあくまで人間が生み出したもので
完璧ではないということ。思わぬ落とし穴が必ずあるということ。
またロボットにはできない人間だからこそできる不安定さもあるということです。

もしかしたら、ホーキング博士も、ロボットの完全優位性ではなく、
不安定さから生まれる脅威を示唆しているのかも知れませんね。

小生が物理をひたすら勉強している時に学んだことは、
物理と哲学とは表裏一体の関係にあるということ。

尖った鉛筆を理論上立てられても、
実際には決して立てることができないのと同じ考え方です。


人間の鼓動だって不安定なのですから、
安定したものがないのが日常では当たり前なのです。

その安定してないことが当たり前であるという考え方のもと
ロボットが人間では手の届かない箇所をサポートしてくれることに
感謝しながら、共生していくことが、
21世紀に必要な考え方だと思っております。

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